読書日記

読書日記(ロシア文学を読む日々)6月21日―25日

6月21日

 『カラマーゾフの兄弟』。小説内で一番有名なのではないかと思われる大審問官まであと少し。その準備ともいえるイワンの信仰告白は熱を帯びる。それにしても、長広舌である。もう、何ページもイワンが喋り続けている。そして、普通なら「こんなに話すなんてありえない」と突っ込みたくなるところを、勢いにまかせて読み進んでいくと、イワンの熱量に引き込まれる自分がいる。

 これがドストエフスキーの小説の魔力なのではないか、と私は思う。イワンは1つの思想に取りつかれて狂っている。そしてその狂人の熱量が、何ページにもわたる信仰告白によって爆発する。読者はそれを読み進めるうちに、その熱に浮かされたような弁舌に引き込まれていってしまう。

 

6月22日

 フョードル・ソログープの『小悪魔』(青山太郎訳、白水Uブックス)を読み始める。ソログープはいわゆる「銀の時代」の作家。短編「毒の園」が有名。

 前書きが秀逸で、早く読み進めていきたくなる。

 

6月23日

 ソログープの『小悪魔』は書き出しからして不穏な雰囲気が漂っている。町全体が不気味な空気に包まれているような物語の始まり。町の人々が集まる教会から、人々が出てきて、それぞれの生活へ戻っていく。集中から拡散へ、教会という人々の集う場所は物語の書き出しにはうってつけだ。

 主人公である学校教師ペレドーノフは視学官のポストを得ようとしているようだ。視学官とはどのようなポストなのだろうか? 視学官になれば、いずれは校長にもなれるということなので、学校関係の役職なのだろうが、気になる。

 

6月24日

 ソログープがやたらと植物、特に花の名前を出して、風景を描写している。執拗に植物名とその感触、色が描写されているが、ツルゲーネフのようなロシアの自然賛美とはほど遠い。これは庭の描写、人の手が入った「自然」である。ソログープの並べる木々や花々は造られたものであり、その描写は造られた美しさの描写だと思う。

 ソログープの小説の世界はおそらく美と醜の世界である。だから人工の美が強調される。庭の花々は人工の美の象徴であり、だからこそこれほどまでに執拗に描写されなければならないのだ。

 

6月25日

 『小悪魔』で、ビールに砂糖を入れて飲む描写が出てきた。自分はこの飲み方を知らないのだが、美味しいのだろうか。ちなみに、ペレドーノフは拒否していた。

 甘いビールで思い出すのは、ロシアのバーで見つけた「桜の園」という名のビール。これは名の通り、チェリービール。

 

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