ロシア語

「エビスビールとロシア語」

 東郷正延『ロシア語のすすめ』(1966年、講談社現代新書)を読んでいたところ、次のような文があった。

「かつてのエビス・ビールがロシア人の耳にはたいへんわいせつな響きをもったのと思いあわせて、私は複雑な感情でこの話を胸にしまい込んだのでした。」

東郷正延『ロシア語のすすめ』、42頁(1966年、講談社現代新書)

「エビス・ビール」がロシア人にとってわいせつな響き?これは有名な話なんでしょうか?私は初耳だったので、とりあえず「エビスビール ロシア語」で検索することにした。すると、検索の上位に「海外で言ってはいけない日本語」のようなサイトがヒットするではないか。

 多くのサイトによると、「エビ」はロシア語で「女性器」を表す言葉であるため、「エビス・ビール」はロシア人には変に聞こえるのだとか。この理由がたたり、ロシア語圏での販売が失敗したとの話が書かれているサイトもある。

 エビス・ビールの販売失敗話の真偽はさておき、「エビ」は本当にロシア語で「女性器」を表す言葉なのだろうか。私は聞いたことがなかったので、ちょっと確かめてみようという気になった。

 結論から言うと、「エビ」=「女性器」ではなさそうである。(簡単に調べてみただけなので、もしかしたら私の手落ちの可能性もあるが…もしも「エビ」=「女性器」派の人がいましたら、私にこっそり教えてください。)

 「エビ」はロシア語表記に直すならебиで、この形の名詞は存在しない。これはебать(еть)という動詞の命令形だ。つまり「エビ」は「ебатьしろ!」という意味になる。

(※ストレスの位置は「ビ」の方につくので、正しくは「エビー」のような音になる。)

 では、このебатьという動詞はどんな意味なのだろうか。Викисловарьによると「инициативно совершать половой акт(イニシアチブを発揮して性行為をする)」という意味だそうだ。ちなみに、『研究社露和辞典』ではетьの項に「⦅粗俗⦆…と性交する[やる]」と書いてある。つまり、「エビー」とは「やれぇ!(性的な意味で)」という意味になるわけだ。「女性器」ではないにせよ、確かにあまりよろしくない響きなのだった。

 ちなみに、『研究社露和辞典』では次のような例文が載せられている。

Е** твою мать. (※伏字は私の判断でつけたものです。)

「ええいっ、糞」という日本語訳が書いてある。ロシア語を少し齧った人ならわかると思うが、ええいっ糞どころの話ではないのである。まだ人生を楽しみたいのであれば、ロシアでこの例文は使用しないことをオススメします。

参考文献

「Викисловарь ебать」
https://ru.wiktionary.org/wiki/%D0%B5%D0%B1%D0%B0%D1%82%D1%8C 2021年9月7日最終閲覧

『研究社露和辞典』、1988年、研究社

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